「フォージャンパー」正式にはこうでした。
すみませんm(_ _)m
それでは、昨日の続き・・・・・・
二回目の再開を託された彼らが誰が言ったでもなく、チームとして行った事が感銘を受けた。
それは、再開のための判定基準となるよう、競技のテストジャンプを彼らは危険な環境の中、行う事となった。
しかし、視界は非常に悪く風も強い、雪は降り止まずに滑走路に降り積もっている。
ジャンプ滑走は新雪の中ではスキー板が滑らず、スピードが乗らないのだそうだ。
20数名がテストジャンプを行うが、始めに飛ぶメンバーはやはりスピードが乗らないので距離が出ない。
しかし、彼らは距離とか観客とかは眼中に無かった。
なぜなら、滑走しやすいように各自が踏み固めながら飛んでいた。
その上、吹雪の中ジャンプ姿勢を完璧にとり、転倒など一人でもすれば競技は間違いなく中止になる。
一人一人、自分の役割を認識して、言葉ではなく気持ちで通じ合ってジャンプを行っていった。
個々の一人の力は小さいが、徐々に滑走路は踏み固まり、最後の方はスピードが出るようになっていった。
20人全員で作った道だった。
長野オリンピック前哨戦の札幌の試合で優勝した名前は忘れたが、その試合も私は見ていたが、聴覚に障害のある
ジャンプ選手が優勝したが、選手には選ばれずフォージャンパーで参加していた。
その彼が130mを超えるジャンプを見せたのだった。
そのジャンプには観客もテストジャンパーのほうが選手より飛んでいるので、交代したらいいのでは・・・・
と言う無責任な声も会場から出ていたほどであった。
その彼がその時の心境を語っていた。
「飛ぶ前は怖くて怖くてしょうがなかった、でも飛行姿勢や着地時の転倒をしないように集中していたので、飛んだときは
130mという距離がまったく分からなかった。」
と言っている。自分だけのために飛んだのでは無い、チームプレイの意識のところで飛んだのだろう。
選手のために、日本のために、彼らは自分の今できる立場や役目を考え、それに徹した上での成果だと思う。
しかし、それだけでは協議審判員は納得しなかった。最後に飛ぶのがリレハンメルの代表でもあり、原田と同級生のトップジャンパー西方仁也(雪印乳業)選手だった。
彼は、選考前に腰を怪我して今回のオリンピック選考にもれてしまっていた。
彼は言っている、はじめは屈辱の中選手に嫉妬交じりの意識があったそうだ。
テストを難なくこなしてこのオリンピックには思いも無ければ何も感じないように自分をコントロールしていたそうだ。
リレハンメルでの同じ代表として戦った原田で、なおさら同級生なら気持ちは分かる。
しかし、原田が当日着ていたアンダーシャツが西方から試合直前に借りたもの、グローブは代表になれなかった、
葛西のものだったらしい。
原田らしく、リレハンメルのメンバーと一緒に飛びたかったらしいのだ。
それに気づいた西方は原田の胸中を察したらしい。彼にとってのオリンピックはリレハンメルで止まっていたのだ。
世界的な実力を持っている西方が選手と同じように飛ばないと、競技実行は無いとの結論が協議審判員は決めていたらしい。
そんな過酷なプレッシャーの中で西方は滑走スピード、飛行姿勢、そしてテレマーク(着地姿勢)おまけに120m以上
(スキーで言うケーテン)越えの大ジャンプを飛んだ。
観客に注目されるわけでもなく、記録に残るでもないジャンプだ。
しかし彼は生涯一番のジャンプだったと振り返る。
そのジャンプによって、競技続行が決まり、日本が金メダルをとる事が出来たのだ。
しかし、彼一人でのジャンプではない、フォージャンパー全員で作ったジャンプだと思う。
その後は皆さんが知っている感動の表舞台がある。
しかし、裏舞台の壮絶な物語を12年経った先日知ったときはまた、泣いてしまった。
※歳をとると涙もろくなるものですな。
今年は自分の役割、役どころ、チームのために出来る事は何か?
必死に考え、実行し、次のメンバーに自分のできる完璧な状態で受け渡したいと思う。
だから「今年はフォージャンパーになる」と決めた。
原田が優勝インタビューで泣きながら言っていたコメントが
「みんなでとった金メダルです」
と言っていた。当時は団体だから・・・・と思っていたが、選手はフォージャンパーのしていたことが分かっていた。
その意味が12年の歳月を経て分かった。
本当に感動した。
脚光を浴びる人間が裏方への感謝と、その人たちに助けられて脚光を浴びられている意味を理解しているのが又感動。
我が社でも感謝と意味を理解し、今年一年頑張っていこうと決めました。
最後にそのフォージャンパーのメンバーを表記しておきます。
1998年長野オリンピックのフォージャンパー(Forejumpers)
- 坂大徹(大山体協SC)
- 鈴木幸保(東京美装)
- 富井正樹(雪印乳業)
- 高沢公治(野沢温泉SC)
- 上野隆(東京美装)
- 梅崎慶大(長野大町高校)
- 西下和記(小樽北照高校)
- 西森享平(白馬スキークラブ)
- 池田義治(明治大学)
- 葛西賀子(小樽工業高校)
- 岡村創太(雪印乳業)
- 大洞崇之(東京美装)
- 佐藤昌幸(NTT北海道)
- 上杉宏樹(雪印乳業)
- 吹田幸隆(雪印乳業)
- 東和広(日本空調サービス)
- 千葉勝利(東洋実業グループ)
- 野呂田義一(デサント)
- 桜井仁(東洋実業グループ)
- 高橋竜二(水戸歯科スキークラブ)
- 安崎直幹(東洋実業グループ)
- 仲村和博(小樽北照高校)
- 伊藤直人(雪印乳業)
- 西方仁也(雪印乳業)
- 東輝(ニッカウヰスキー)
長くなりましたが終わり^0^